「衝突」
 五星戦隊ダイレンジャー二次創作(R-15)

深夜の東京郊外。県境の山の方面へ向かう道路を高速で駆け抜ける機体があった。
一見しての形状は中型から大型のバイクといったところで、シートにも操縦者が一人跨っていたが、機体の各所を明るいピンクや金の装飾で覆ったSFメカのようなデザインは周囲の風景からするとあまりに場違いで、疎らな街灯に照らされるたび景色から浮き上がるように映った。
そしてその操縦者もバイクと同様、随分と目立つ外見をしていた。ピンクと白の、機体と同じ配色のライダースーツとヘルメットを着用しているように見える。しかしそれは一般的な製品よりずっと身体にぴったりと密着した、明らかに薄手の素材で出来ていて、転倒時に着用者の身を守るという役割は普通なら果たせそうになかった。
薄いスーツが張り付いて強調された、胸の膨らみや肩から腰にかけてのボディラインは、スーツの色合いとも合わさって、そのバイクの主が細身の女性であることを示していた。

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五星戦隊ダイレンジャーの一員、ホウオウレンジャー・天風星リンは興奮と少しの混乱を抑えられないままに自分のキバーマシンを走らせていた。
数日前からの事件を解決する鍵は絶対にあの山にあるはずだった。昼過ぎから仲間達と集まって行った捜索にリン以外の4人はみな気が入らない様子で、誰からともなくもう明日にしようという声が上がって夕方には街へ戻ってきてしまったのだが、どうしても気になる場所はいくつか残っていた。
(みんな自分の用事ばっかり優先して…… もう少しの所だったのに……)
その日一度は寝床に入ったものの、眠気がやってくる気配が全くなかった。結局24時を回ってから自宅を抜け出し、仲間には連絡もせず独りホウオウレンジャーに転身してキバーマシンで目的地へ向かったのだった。
「絶対に見つけてみせる、私一人でも……!」
ゴーマの企みを許せないという感情や、なぜか今回に限ってやる気の感じられない仲間達への苛立ちもあったが、自分だけで事件を解決してみせるという功名心のようなものもあった。一人でこっそりと捜索すれば敵怪人や戦闘員が現れる心配はかえって少なく、単独行動を取ることに何の危険もない、等と考えながら、途中からでも仲間を呼ぶという選択肢を断った。

予想していた通り、深夜の国道には車も人影もほとんど無かった。照明を最小限に抑え、とにかく目立たず目的地へ、と一直線に山を目指す。肝心のマシンや自分のスーツがどうしても人目を惹く色と見た目であることには、冷静さを欠いていて思い至らなかった。
しかし、行程が山道へ近付いた頃に折悪しく雨が降り始め、それをきっかけに自分の装備や外見のことにようやく気付かされることになった。
キバーマシンに乗っているときに雨に降られたのは初めてだった。もちろん水濡れを気にするようなマシンではない。ダイレンジャーのスーツやマスクも、身体能力強化と共に撥水性や保温性といった性能はいわゆるライダースーツと比べて段違いに上で、時速百km以上のスピードで雨の中を走り続けていてもスーツ内部を快適な状態に保ってくれている。ただし、降りかかる雨でシートが濡れ、摩擦抵抗のない光沢生地に包まれた尻や太腿がカーブのたびにヌルヌルと横滑りすることはどうしても意識せざるを得ない。
真夏の日中に、直射日光を浴びて熱くなったマシンに腰を下ろす時にも気にしたことがあったが、尻というよりも局部を含めた部分をこうしてシートに押し付けて跨ることには少々の抵抗があった。
「止まない…… でももうここまで来たら、行くしかないわね」
どんどんと強くなっていく雨風を胸やマスクの前面でバチバチと浴びながら、ハンドルを握るグローブの掌、ペダル類を操作するブーツの足裏が滑ってしまうことがないように手足の位置を微調整する。あとはぬかるんだ路面のスリップだけに気を付ければいいはずだったが……

そうこうしている内に周囲から人家の気配がなくなり、道路が蛇行し始めた。
目的の場所は地図には記載されていないが道順だけは記憶に残っている。今のこの道をもう少し進み、三つ連続したトンネルを抜けると、目的地に通じる目立たない脇道があるはずだった。そろそろトンネルが現れるという時、前方で赤とオレンジ色の明かりが点滅しているのに気付き、ホウオウレンジャーはマシンの速度を落としてゆっくりと進んだ。
最初、他の車両が停まっているのかと思ったが、車ではなかった。内部照明が消えて黒い影の塊となったトンネルの入り口を金網フェンスやコーンが横に塞ぎ、鎖状に連なった非常灯が結わえ付けられてばらばらに点滅している。さらに、『通行禁止』『工事中』といった縦長の看板が数枚。
「工事……?」
半日前にここを通った時にはこんな封鎖や看板は無かったはずだ。道を間違えたわけでもない。ゴーマが無関係の人間をここに立ち入らせないように慌てて拵えたものではないか、という疑念が直感的に浮かんだ。
「怪しいわ……」
マシンを降り、警告表示の群れに近付く。雨の勢いはますます強くなっており、水滴の降りかかるマスクの内側が独特の音響に満たされている。
工事中の表示にも関わらず作業員らしき人間、機材はなく、金網越しにトンネルの中に目を凝らしても闇が深く満たされているだけだった。この道路封鎖がゴーマの仕業であることは間違いないと結論し、ホウオウレンジャーはマシンの元へ戻る。
シャワーを浴びるような大粒の雨に打たれ、マシンも自分自身もスーツ表面はずぶ濡れのはずだったが、水の浸み込まないスーツの着用感は奇妙な感覚だった。座席に跨り直すと尻の下でシート部分がぐちゅりと音を立てるが、内股で機体を挟み込んで身体をしっかりと固定させる。マシンを発進させ、その場で方向転換して元来た方向へ数十メートルほど戻る。そしてスピードを落とさず、逆に加速しながら大きく旋回して、フェンスで封鎖されたトンネルに向かって進んだ。
「はぁっ!」
障害物に突っ込む直前でマシンを跳躍させて、背の高さほどのフェンスを飛び越える。そしてそのままの勢いで暗いトンネルの中へ進入していった。


予想通りというべきか、トンネル内部で工事などは行われておらず、照明が消えている以外は何の変哲もない路面があるだけだった。
(やっぱり……)
機体から発する光だけで前方視野にも不自由はない。逆に、雨が降りかかってこない分トンネル内の方が安全とも言えた。戦闘員の襲撃や罠などが気にならないでもなかったが、短いトンネルをあっという間に通過し、次のトンネルの入り口には黄色いバリケートが一つ置いてあるだけなのを見て、安心して軽くそれを飛び越える。
(何もないみたいね)
暗く静かなトンネル内に自分のマシンの駆動音だけが響くのを心地良く感じながら、ホウオウレンジャーはスピードを一気に上げて二つ目のトンネルを抜け出した。 そして三つ目、最終のトンネルに飛び込み、内部の大きな左カーブを、機体を傾けながら高速で駆け抜けた。

カーブの終わりと共に現れたトンネル出口の向こうから、唐突な赤とオレンジ色の光がホウオウレンジャーの視界を射た。
「!」
しばらく無かった通行禁止表示の出現が突然に感じられた。そして雨の中で点滅回転する光の群れが先程のような非常灯だけではなく、警察車両の照明がその中に混じっていることを脳が認識して、まずい、と反射的に手が制動動作に移った。
だがマシンは最高速度に向けて加速する途中だった。トンネルを抜けた時に前輪がやや浮き上がり、制御不能になりかけるのを強引に元に戻したものの、機体はほとんど減速せずに前方へ突っ込んでいった。
「あ……あっ!!」
路面に置かれたバリケードのいくつかを蹴散らし、回転灯を灯したパトカーの横を通り抜けて、記憶にはなかった第四のトンネルに向かって進んでいく。
減速が間に合わない。そして、前方のトンネルは高く積み上げられた土嚢と金属の骨組みで完全に封鎖されて、飛び越えて進むこともできそうになかった。
「うあぁああぁっ!」
正面衝突だけはまずい、と反射的に大きくハンドルを切って横へ逸れようとする。だが駄目だった。凸凹の付いた路面を前輪がえぐるような感覚が一瞬あって、走行速度そのままのスピードで身体がマシンから左向きに投げ出され、地面に叩き付けられた。
落下の一瞬、キバーマシンが中央から真っ二つに折れたのではないかという想像が浮かび、直後の衝撃に一瞬意識が飛んだ。
そして次に気付いたのは濡れたアスファルトの地面を自分の身体が滑走していく途中だった。マスクの側頭部が固い路面上でガリガリと音を立て、腰から下が激しく摩擦されて熱を感じる。ちょうど目の前にピンク色の機体が横倒しになって自分と等速度で引きずられていくのを捉えた時、転倒時を上回る衝撃が全身に走った。
トンネルの入り口脇、煉瓦模様の刻まれた分厚い石造りの壁面にホウオウレンジャーは背面から叩き付けられていた。

「……っ、ぉ……!」
衝撃を吸収するものが何もない岩石の塊に身体が衝突し、跳ね返ることさえできずめり込むような勢いで壁に張り付けられる。辺りに低く重い音が響いたが、それはマシンが離れた場所で土嚢の山に突き刺さる音で掻き消された。
今までどんな敵からも受けたことのない重い打撃。生身であれば即死どころか身体がぐちゃぐちゃに潰れていたかも知れない勢いだった。
(く、首から……当たっ……!)
頭蓋骨とその内側、背中から肩へ深く響き渡る激痛に声も出せず口をぱくぱくと開閉する。横隔膜が痙攣し、息を吸い込めない。急所に受けたダメージの程度が自分ではわからず、頸椎、延髄、損傷といった言葉を思い浮かべながら身体を小刻みに震わせるしかない。
だがスーツとマスクは流石の衝撃吸収能を発揮していた。両手で頭を抑えて、気絶も麻痺もなく痛みに悶えていられるのは致命的な怪我を負っていない証拠だった。
「ぁ……、おぉ……っ」
それでも、しばらくはその場から動くことができない。胎児のように身体を丸めた姿勢で、小刻みに痙攣しながら痛みの余韻をこらえる。首も頭も、その他の部分にも骨折や出血のないことがようやく自覚できてから、そろそろと身体の硬直を解いた。
痛み以外の感覚が徐々に身体に取り戻されてくる。大粒の雨が依然として降り続き、横向きに倒れたホウオウレンジャーの全身をスーツ越しに濡らしていた。

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「お…… お〜い! 大丈夫か?」
中年の男と思われる声が、浅い川のようになった地面を踏む音と共に近付いてくる。大型の懐中電灯を下げ、制服と制帽の上にレインコートを被った人影は、先程停まっていたパトカーに乗っていた警官のようだった。
(大丈夫…… なのかな……)
ホウオウレンジャー・リンは今になって、なぜあの時パトカーを見て反射的に逃げるような行動を取ってしまったのかと自問自答する。
人に見られてはいけないことをしている、という意識がどこかにあったのかも知れない。仲間を無視して勝手に捜索に向かったことにまず少しの後ろめたさがあったが、それは警察に知られてまずい種類のことではないはずだった。悪と戦う組織とはいえ、ダイレンジャーは警察組織のもとで動いているわけではない。しかし考えてみれば、そもそも自分たちの戦隊と警察の関係についてこれまで深く気にしたことがなかった。確か嘉挧の言葉によれば、ダイレンジャーは警察その他の機関から見て「居ないことになっている」に近い扱いにあり、特にゴーマが現れた時に警察の人間が手出しをすることはどんな状況であっても無いということだった。それはこれまでの戦いでずっとその通りであり、逆にダイレンジャーとして警察の力を期待することも決してなかったため、存在自体をほとんど忘れてしまっていた。
(別に……隠れる必要はなかったはずよね)
だがこのような形で警察の人間と偶然の鉢合わせをするのは全く初めてのことで、どんな態度で接すればいいのか全く勝手が分からなかった。

「だ、大丈夫……です」
水溜りの中に肘をつき、背中や足腰をはじめ全身が痛むのをおして立とうとする。
「おっ……おいっ、無理するなよ!」
そばまで来ていた警官が驚いた声を出して駆け寄ってくる。高速走行していたバイクから投げ出された人間が自力で立てる状態だとは思っていなかったようだった。
壁に片手を付き、立ち上がる。数十メートル離れたパトカーや通行禁止標識の赤いランプが雨の中で点滅しているのが警官の肩越しに見えた。
ピンク色のスーツと、バイク用のヘルメットとは違う小さなサイズのマスクを懐中電灯で照らしながら、警官はあっけに取られたような表情をした。
「怪我は?」
「いえ、怪我は多分、ありません……」
「えぇ? 今の事故で……」
重傷を負ってはいないことが分かると、相手の口調が急に厳しくなった。
「どっから入ってきたんだ?」
「あの………三つ前のトンネルから……」
「トンネルから、じゃないだろ。東京側の車道は全部通行止めしてあっただろう」

(製作中)